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暴走車いすの向こうに見ていたもの – UEA法人会員 UDジャパン 森住光世様

2025年10月06日 コラム

◆そんな言葉はなかったけれど
誰もが思っているけれどぼんやりとしていたものを、ワンワードで言い換えると急速に概念の浸透が進むことがありますよね。「ダイバーシティ」とか、「バリアフリー」とか。
私が学生の頃…40年ほど前…にはもちろん、これらの言葉は一般的ではなかったのですが、こうした言葉を耳にするにつけ「でもうちの中学の同級生たちって、まさにその“ダイバーシティ”ってものを体現していたんじゃないか」と感じることがあります。
私のこの考えを、かの同級生たちはどんなふうに受け止めるだろう、と、中学1年生から今も交流のある友人イチダくんとヤマダくんに、改めてビデオチャットZoomで話を聞いてみることにしました。

◆中学生男子に与えられた「格好のおもちゃ」
Zoomでの会話の前に少し、イチダくんについて紹介させてください。
イチダくんは今、奥さまとともにパリで暮らし、グラフィックやウェブなど様々な媒体のデザイナーをしています。
私たちの中学は彼からすると学区外なのですが、エレベーターが整備されているという理由で彼は我々の公立中学に入学したといいます。
なぜなら彼は松葉づえと車いす使用者だったから。

当時、隣のクラスだったイチダくんに廊下で会うと、彼の車いすのまわりにはいつも複数の同級生男子たち(イチダくんの音楽仲間ヤマダくんを含む)がおり、こぞって車いすを押していました。正しくは「押していた」のではない、男子たちは車いすの後ろに乗っかって「暴走していた」んです。
イチダくん「いやぁ、『デス・レース2000年』って映画があってね、それはもう壮絶なレースの映画だったわけよ。あれに影響受けて鬼ごっこみたいな感じで、まあ飛ばしたよね。だってさ、中学生男子にとっちゃもう、格好のおもちゃなんだもん、車いすって」
ヤマダくん「そうだったねぇ。イチダが車いすに乗ってないときに皆で順番に乗ってウィリー(前輪を浮かせて走行する)の練習とかして、ひっくり返って先生に怒られたこともあった。。。」
イチダくん「あったねえ! いろいろやらかしてたねぇオレたち」
どうやらイチダくんは「迷惑だった」どころか「一緒に楽しんじゃってた」様子。

◆なんで「特別扱い」?
2人のテンポよい会話に私が「やっぱりな、、、」と呆れていると
ヤマダくん「だいたいさぁ、障がいがあるからって特別扱いするっていう発想がなかったよね、オレたちには。だって、イチダは絵を描かせりゃ誰よりうまかったし、音楽部でガンガンドラムも叩いて※てさ。そりゃ体育の時間は見学だったかもしれないけど、自分ができることは何かを知ってて自分の世界をちゃんと持ってた。そしてオレらも、がんばってるやつにはちゃんとしないと、って襟を正すようなところがあって。だから特別扱いってそもそも何なんだよ、って感じだったんだよな」
イチダくん「そうかもしれないね。オレも信条として『今あるものでなんとかしよう』っていうのがあってさ。何がたりない、っていうより、今自分が持ってるもので何ができるか、って考えで生きてるところはあるかも」

◆13歳が実践した「ダイバーシティ」
 言ってしまえばこういうのが「ダイバーシティ」なのでしょうが、それを13歳やそこらの私たちが当たり前に実践できていたのはなぜなのか。

 その頃の私たちに、大人になると嫌でも耳に入ってしまう余計な情報や、無駄に身につけてしまう先入観がなかったこと。そして私たちが、イチダくんが身にまとっている松葉づえや車いすではなく、その向こう側にある彼の、お茶目だけどしなやかな人間性を見ていたこと。さらには先生方も生徒たちに対し「いたわってあげなさい、やってあげなさい」ではなく「あー。今日も仲よくやっとるな」と見守るスタンスだったことも少なからずあるのではないかと思います。

◆「特別な誰かのために」ではなく
 卒業から45年が経ち、私たちは今年還暦を迎えます。介護、自身の大病など、それぞれが何らかの事情を抱えていたりもします。

 「結局ねぇ、歳とればみんな、何らかの障がいを抱えていくんだよ、目が見えづらくなったり耳が遠くなったり。歩くのがつらいってことも出てくる。あと、オレは見た目にわかりやすい障がいだけど、何らかの障がいを抱えていてもぱっと見にわからなくて、必要なサポートがなかなか受けられない人たちもいる。だからわかりやすく『バリアフリー』ってことばで、誰もが暮らしやすい環境をつくっていこうっていう考え方は悪くないんじゃないかな」とイチダくん。

 …そうだ。バリアフリーやダイバーシティは特別な誰かのためにではなく、自分たちも、特性に気づかれにくい人たちもラクになる概念なんだ。
 自分たちのために今できることを実践していこう。そして大人になって身に着けてしまった無用な思い込みを取り払い、その人そのものと向き合おう。
そんなことを改めて痛感したZoomミーティングでした。

※イチダくんは歩行には不便さを抱えていますが、バンドでドラムを担当していたり、自動車を運転したりします。
※彼の文章も秀逸なのでよろしければこちら(https://www.kyo.com/blog/2016/07/disabilities/ )もご参照ください。

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