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わたしとデフリンピック ユニバーサルイベント協会 常務理事・事務局長 飯塚佳代

2026年02月06日 コラム

昨年11月に東京で開催されたデフリンピックは、100周年という節目の大会であった。100年の歴史の中で一番盛り上がった大会ともいわれ、日本選手団は過去最高となる51個のメダルを獲得した。

私自身も過去の大会に関わった経験がある。2013年のブルガリア大会、女子バレーボールチームの手話通訳を務めた。結果は銀メダル。

チームは翌トルコ大会で金メダルを獲得するも、前回ブラジル大会ではコロナ禍による途中棄権。戦わずして去った無念さを、今大会で見事に晴らし、再び金メダルを掴み取った。

決勝は配信で観戦したが、「事実上の決勝」といわれた準決勝のウクライナ戦は会場へ。だが、駒沢オリンピック公園の体育館はまさかの入場制限。何とか確保した席からはスコアが見えない。試合はフルセットに突入し、指折り数えていたスコアも途中でわからなくなった。次で決まるのか、どちらが取るのか、胸が苦しくなるほどの緊張感だ。点が入り、選手がコート中央に駆け寄って抱き合う。「ついに決まったか!?」だがすぐに誰かがサーブに向かう。「まだ続くのか…」その繰り返しだ。そしてついに本当に最後の瞬間、それははっきりとわかった。点を取った瞬間、選手は集まらず、その場で拳を突き上げ、バタバタとコートに倒れ込んだ。「ああ、終わったんだ、勝ったんだ」。そのとき、スローモーションの映像を見ている不思議な感覚があった。遠くに聞こえる大歓声と、ガラガラの体育館でベンチから試合を見ていたブルガリア大会の自分と…。

今大会では、開閉会式のパフォーマンスチームの手話通訳としても活動機会を得た。アスリートだけでなくさまざまな「デフ」たちの活躍を目の当たりにした12日間。デフリンピックは「ろう者自ら運営する」ことが特徴の1つだが、これほど大規模になると多くの聴者の力も不可欠であり、イベントは社会の縮図となる。ろう者がマイノリティとして埋もれる場面があったことは否めない。それでもこのような取り組みを重ねることで、ろう者の歴史や手話の大切さが社会に広まり、尊重と融合が進むはずである。同時に、情報保障や多様なコミュニケーションへの理解を広げ、その価値を大会のレガシーとして残していくことも重要だ。東京大会は、その方向性を示す大きな一歩であったと確信している。


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